2006年08月10日

競馬MEMORY~第1話~

競馬MEMORY~第1話 静寂を切り裂くスピード~

今は亡きサンデーサイレンスの後継者はどの種牡馬になるのか。もし今も元気でいるならば、この馬以外に思いつく馬はいない。
気性がもともと悪く、能力を完全に出し切れてはいなかった。しかし能力の高さはデビュー前から認められていた。
サイレンススズカ。デビュー2戦目の弥生賞では外枠発走からでさらに出遅れし8着。その後は連勝したがダービーでは無理に抑えて9着。ここで陣営はこの馬の能力に期待してスピードに任せることにした。その初戦神戸新聞杯。見事な逃げで鞍上の上村洋行は勝利を確信。しかし後の菊花賞馬マチカネフクキタルの強襲により2着に敗れる。騎手は交代して河内洋。超ハイペースで逃げた次の天皇賞では6着と善戦。しかしマイルCSでは鞍ズレで大敗。その後年末に香港へ遠征。
このレースで名ジョッキー武豊とコンビを組んだ。武はこの馬の能力を生かす大逃げで挑んだ。しかし結果は5着。見せ場は作るものの勝ちきれないレースが続いた。
だがこのレースで武豊がサイレンススズカに惚れたのだ。翌年、この馬のオープン特別のために武豊が東京遠征。そこから快進撃が始まった。バレンタインS、中山記念、小倉大賞典と3連勝。さらに金鯱賞では4コーナーですでに勝利を確信、圧倒的な強さに拍手が送られるほどの見事な逃げのパフォーマンスで小倉大賞典に続いてのレコード勝ち。能力を完全に開花させた。ちなみに2着との差は1.8秒だった。
そしてG1宝塚記念。武豊は当時の最強牝馬エアグルーヴに騎乗することになっており南井克巳が騎乗。初騎乗と距離を考えたこともあっていつもより抑えた逃げであったが、最後はなんとか粘りこみG1タイトルを手に入れた。
秋は武豊が鞍上に復帰し、毎日王冠を初戦に選んだ。これを他馬との能力の違いを見せ付けて勝利。ペースは34.6-35.1とスピードは最後まで落ちなかった。「逃げて差す」という表現がなされた。そして2つ目のG1タイトル天皇賞秋へ。逃げ馬は勝てない、1番人気は勝てないというジンクスがあった。しかしこの最強逃げ馬が負けるなど考えられなかった。ジンクスは打ち破られるはずだった。
圧倒的1番人気で迎えたレース。最初1000mは57.2秒での超ハイペース。後続との差は20馬身は軽く離れていた。このペースを最後まで保つ勢いで圧倒的なレコード勝利を収めると誰もが期待した。しかし3コーナーの東京名物大ケヤキを過ぎたあたりで異変に気づいた。サイレンススズカが失速。コースから離脱。
誰もが落胆した。目を疑った。故障による予後不良。ジンクスは生きていた。レースはサイレンススズカがオフサイドだったといわんばかりに大穴のオフサイドトラップが勝利した。ただそれでも予後不良というレベルの怪我でもサイレンスは倒れることなく立ち続けた。能力を開花させてくれた名ジョッキー武豊を落とさなかった。名馬と名騎手の絆だった。
20世紀世界最高の名馬といっても過言ではないこの馬は、競馬のスピードだけでなく競走馬生命の時間も早かった。
posted by ナイト at 22:38| Comment(0) | 競馬MEMORY | 更新情報をチェックする
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