2009年09月28日

競馬MEMORY~第17話~

競馬MEMORY~第17話 英雄の血~

ブロードアピール、デュランダル。印象に残る追い込みで実績を残した短距離馬がこの2頭なら、長距離では間違いなくあの英雄、ディープインパクトだろう。
新馬戦、若駒Sと、信じられない位置から33秒台の末脚で差し切り、続く弥生賞では鞭を使うことなく勝利。その後は、牡馬クラシック3冠を制覇。有馬記念でハーツクライの2着に敗れるが、翌年は阪神大賞典、天皇賞春、宝塚記念と勝利し、凱旋門賞は違反薬物が検出され3位入線から失格となるも、JC、有馬記念と勝利。圧倒的な強さで、競馬ファンだけでなく、競馬を知らなかったような人たちにまで、その名を知らしめた。
引退後は種牡馬としての活躍が期待されている。日本で大成功を収めたサンデーサイレンスの死亡後、後継者となるのはどの種牡馬かということが話題に上がることがある。その筆頭だったはずのアグネスタキオンが死亡し、このディープインパクトへの期待も高まっているだろう。では、そのディープインパクトの母の血というのはどのようなものだったのか。
同じ父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘア産駒の、兄ブラックタイドは気性の荒さや故障もあって、重賞はスプリングS1勝のみに終わる。さらに、同じ血統の弟オンファイアは故障のため3戦1勝と、ほとんど実戦で走ることなく引退してしまった。
これを考えると、種牡馬ディープインパクトにも不安はある。母のウインドインハーヘア産駒は、どうも故障が多いように見える。ディープインパクトこそ大きな故障はなかったように見えるが、もともと蹄が弱く、これだけの名馬なので特殊な蹄鉄の付け方をしてレースに臨んでいたため、無事に競走馬生活を終えることができたが、産駒にその悪い特徴が遺伝されなければと願っている。
ところで、これだけでは母ウインドインハーヘアの偉大さは伝わらないかもしれない。しかし、ディープインパクトの4歳年上の姉の実力は、その実績以上のものを持っていたであろう。父シーキングザゴールド産駒の大物、レディブロンドである。
この馬もやはり故障がちだった。辛抱に辛抱を重ねて、この馬のデビュー戦は、5歳の夏、函館開催であった。これだけ故障が続けば引退させられそうなものの、5歳まで辛抱強くデビューを待ち続けた藤沢和雄調教師。それだけでもこのレディブロンド、そしてウインドインハーヘアの血が期待されていたということが分かるだろう。
しかし衝撃はこれだけでなかった。デビュー戦に選んだのは、なんと1000万特別、芝1200mのTVh杯。そしてこれを出遅れながら最後方からの追い込みで勝ってしまったのだ。デビュー戦で1000万のレースをいきなり勝利。しかも直線の短い函館で、出遅れて直線一気の末脚で勝ってしまった。
どれだけの素質を秘めた馬なのか。その期待を裏切りはしなかった。夏から秋にかけて、500万、1000万、1000万、1600万と、デビュー戦からの連勝を5に伸ばした。
遅れてきた大物。そんな言葉がぴったりのこのレディブロンド。続いてのレースは、G1スプリンターズSだった。
結果は、4コーナーで大外を回って、最後は前に届かず4着だった。しかし、デビューからわずか6戦目、そして初のG1スプリンターズS挑戦で4着という成績は、普通の馬では成し遂げられない偉業だろう。それも、負けた3頭というのは、デュランダル、ビリーヴ、アドマイヤマックスという、1200mのG1を制した、あるいは後に制する馬達だった。
しかし、5年間レースに出たことがなかった馬が、たった3ヵ月半の間に6レースに出走したためか、疲れや、繁殖入りの約束などが重なって、この6レースで引退となってしまった。
3ヵ月半の短い短い競走馬としての実働期間。しかし、その短い夏の間に、英雄ディープインパクトの姉としての名に恥じない活躍を見せてくれた。
posted by ナイト at 17:30| Comment(0) | 競馬MEMORY | 更新情報をチェックする
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