2010年06月18日

自転車や歩行者

道路交通法って聞いたら、自動車やバイクを運転するときの法律みたいに思いますよね。道路交通法違反で、自転車に乗っている人や歩行者が逮捕されることって、ほとんどないと思うんですよ。


けれどもそのせいか、自転車や歩行者って本当に危険です。

車やバイクって、サイドミラーがあるし、走るレーンが決められているから、みんながそれを守って走るので、安全なんですよ。よっぽど馬鹿な運転をする人を除いては。

問題は、自転車や歩行者。

サイドミラーとかがついていないから確認しなくてもいいのだろうか?そんなわけない。絶対確認しないといけない。


店から出てきて、歩道を横断しようとする歩行者。横を確認せずに出てくるから、自転車で走っていると、ぶつかりそうになる。

信号待ちしようと、いきなり向きを変えたり曲がったりする歩行者や自転車。後ろから来ている自転車はぶつかりそうになる。

狭い道の真ん中をゆっくり走る自転車。追い越したいのに追い越せない。後ろから来たら、横を開けるとか、むしろ最初から真ん中を走らず、道の端っこを走ってほしい。



などなど、いろいろあるんですが、とにかく、普通に街中にいる自転車や歩行者は危険。予想外の動きをするので、それに対応できない。

最近は自転車が危険だと言われるようになっているが、歩行者も十分に危険。それを感じている人はいるのだろうか。

かといって、いちいち自転車にサイドミラー付けたり、歩行者に後方確認を強制するような法律作るのも馬鹿げている。



中学の先生が、集会で言っていたことがありますが、

「ルールとマナー」

ルールで決まっていないからといって、他のことを気にしないようではいけない。ちゃんとマナーも守って行動しないといけない。


けれども、最近思うのは、むしろルールしかみんな守れないのではないかということ。全員がマナーだと思っていれば、もはやそれはルールです。全員が一様にやるわけですから。ただ、ルールとはどこにも明記されていない。暗黙の了解というやつですね。
つまり、全員が共通して守っているのは、ルールと、暗黙の了解の2つ。(守れない人も少しはいますが)


たとえば、仕事に行って挨拶をする。当たり前にやっていることだと思います、別に規則、ルールではないはずです。全員が守っているマナーなので、暗黙の了解になってしまっているわけです。


最近、かっこいいこと言っているようで、実はそうではないCMがあります。
「サッカーでは負傷者が出るとボールを外に出して、試合を止めることがあります」
っていうやつです。
負傷者が出れば、よほどチャンスやピンチの状態でない限り、誰もがそうしています。つまり、誰もがそうするわけですから、もはやマナーなのではなく、暗黙の了解、つまりルールなのです。明記されていなくても、ルールと化しているわけです。


そういう、マナーを超えてルールになっているようなものは、誰もが守るはずです。けれども、個人個人がどれだけマナーに気づくかというのは違ってきます。


なので、上に書いたように、僕はマナーとして当たり前だと思っているのに、他の人がそうしてくれないから腹が立つということが起こってしまうのです。

当然ですが、僕はマナーと思っていなくても、周りの人が思っているだろうこともあるはずです。


結局、マナーを守るといっても、それを全員がちゃんと守るためには、ルールとして決めるか、マナーを共有し合って暗黙の了解とするしかないのです。


ルールを決めるのは国などの組織です。

でも、暗黙の了解を決めるのは個人個人。個人の意見をどれだけ広められるかだと思います。

たとえば、数年前までさかんに言われていた、「車内での携帯電話での通話」をやめること。テレビや新聞の投書欄でも見かけていましたが、最近は減っているのではないでしょうか。そういう、メディアとかを通じて、個人の意見が広がっていくことで、マナーを共有できるようになって、それは大勢の意見。そして、暗黙の了解になっていくのではないかと思っています。


ならば、交通安全も、もっと暗黙の了解として上のようなことを広めてほしいものです。

幼稚園とか小学校でやる交通安全の講習では、横断歩道は手を挙げて渡りましょうとか、実際にそんなことやってる大人は誰一人いないのに、そんなこと教えて何の意味があるんでしょうか?

自転車の乗り方とかでも、曲がるときの手信号とか、実際に使わないものを教えてどうするんでしょうか。

教える側は、実際に起きている事故や、ヒヤリハットみたいな状況をちゃんと理解して、もっと意味のあることを教えてもらいたいものです。
posted by ナイト at 18:36| Comment(3) | 独り言 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも楽しく読ませていただいてます

ずっと以前に年配の方から聞いた説話ですが
“まもる”とはマナー・モラル・ルールのことである

そしてルールよりモラル
モラルよりマナーが高位である…と

理由は忘れましたけど(^-^ )

小学校などでマモル運動をしているところもあるみたいですね
Posted by 栗頭豆蔵 at 2010年06月18日 23:54
はじめまして。コメントありがとうございます。


なるほど、モラルですね。僕が書いた記事の、暗黙の了解の部分をモラルに対応させるとちょうどよさそうですね。

マナー、モラル、ルールの頭文字をとって「マモル」というのはすごいですね。

ルールは守らなかったら罰せられますし、モラルは規則として決まっていなくても、社会一般に決められていることに近い感じですよね。けれどもマナーは、個人個人で気づかなければ守れないことだと思うので、そういう意味で、ルールよりモラル、モラルよりマナーのほうが高位なのかなぁと考えてみました。
Posted by ナイト at 2010年06月19日 12:09
そうです、そのような説明だった気がします

ルール…法令・規則(成文法)
モラル…道徳・慣習法(不文法)
マナー…信念?主義?的(笑)で自ら高めるもの

というニュアンスで教えていただいた覚えがあります(- -) (_ _)

ありがとう、思い出せましたわ(^-^ )
Posted by 栗頭豆蔵 at 2010年06月19日 18:54
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